映画「LUCY/ルーシー」は科学の話でなくスピリチュアルな話


映画「LUCY/ルーシー」は科学の話でなくスピリチュアルな話 | 吉祥寺&シネマ紹介今回は映画「LUCY/ルーシー」について書いていきたいと思います。

アベンジャーズで同じみのスカーレット・ヨハンソン主演です。
2020年にはBLACKWIDOW/ブラックウィドウも公開されるようで
こちらも楽しみですね。

監督はリュックベッソンでフィフスエレメントやジャンヌダルクなど
有名な映画がたくさんあります。

あらすじ
ごく平凡な女の子(スカーレット・ヨハンソン)がある男に騙されて
中身のわからない荷物を運ばなくていけなくなってしまい
アクシデントに見舞われ、超人になってしまうといった感じの話なのですが

この映画のポイントは脳の使用率が大変重要なテーマです。

というのも、人間は通常、脳の10パーセントしか使用しておらず、
脳の機能させられるパーセントを上げていくと、電磁波が見えたり、人を言う事を
予測できたりするようになり、更にそのパーセントを上げてゆくと
超能力者のような事ができるようになっていきます。

おお、凄いなと観ていたのですが、ラストの展開を見ていると
監督は単なる脳の活動領域を上げた少女が活躍するアクション映画が
作りたかったわけではないと気付きます。

ここから私の見解を書いていきたいと思います。

少し話が逸れます。。

昔、私はファミコンゲームで
じゃじゃ丸忍法帳というゲームをやっておりました。

ドラクエを日本風にしたRPGゲームなのですが
それが面白くてよくやっておりました。
ドラクエにハマる理由にした記事も前回書いたので
宜しければご参考にして下さい。

どんなゲームかと言うと
忍者のじゃじゃ丸が悪い妖怪を倒して事件を解決してゆくですが
じゃじゃ丸も妖怪をいっぱい倒すとレベルがアップします。

しかし、このゲームではレベルがアップする時にたまに
音楽が変わり、光と共に仏様が出てきます。
(初見ではファミコンがバグったと思い焦ります)

それでよくがんばりましたねみたい事を言ってくれ
新しい魔法というか術が使えるようになります。

じゃじゃ丸は悪い妖怪を懲らしめてゆくうちに仏様の目にとまり
神通力を授けられ、更に人の為に働くようにと応援してくれるのです。

それからしばらくし大人になった私は、和光同塵(ワコウドウジン)という言葉を
知ります。

仏様はとても尊いのでとても眩しく普通に生きている人間には眩し過ぎて見えないので
その人間に合わした姿に身を変え救おうとして下さる事といった意味らしいです。

竹取物語でも月からの迎えがきた時、夜なのに昼間のような明るさと書いてありましたので
尊い人は明るいのでしょうか?

私が読んだ本には、相手に正しい事を伝える時は相手がいる場所に立って、
話すようにしないといけないという例えでその言葉が出ていました。

例えば、自暴自棄になって、ボロボロになって乞食になってしまった人に、こんな事をしていては
本当にダメになってしまうから、あっちのもっと清々しい所にいきませんか?という場合

仏様の難しい説法で相手に伝えるより
相手に合わしたレベルの話し方のほうが伝わるというのです。
頑固親父の話が思春期の娘に全く響かないといった感じでしょうか

私はユーチューブなどでお坊さんの話が聞いたりするのですが
たまに聞いてる方々がゲラゲラ笑ったりします。

それはこちらに合わせて、仮の姿(わかりやすく、面白くして)お話しを頂いてるのかと
思います。

話を元に戻していきますと
とあるお坊さん等は修行を重ねる事で
仏様にほんの少しでも近づこうとするそうです。

そうすると色んな事ができるようになると
言う人の話も聞いた事があります。
※ユーチューブで話しているお坊さんではありません。

今回、監督であるリュックベッソンは
この脳の活動領域を上げる事で不思議な能力が開花すると仮定していますが
それは修行する事によって不思議な神通力を得る事は
実は脳の活動領域を上げる事と同じで、使っていない未知なる領域と
繋がる事と同じなんだよと言ってるような気がしました。

主人公の女の子は普通の人間では見えないものがたくさん見えるようになり
最後は、、この下に少しネタバレを書きますので見ていない方は注意をして下さい。








最後は肉体は消え、人類の為に自分の知識をUSBに残して消えてしまいますが
携帯電話に至る所にいるとメッセージを写し出します。

仏教のテーマは解脱つまり輪廻転生から抜け出す事
という方いますが、要するに肉体を持った状態に
戻らず、人間を超えた優れた存在になる事を
目的とします。

そして主人公のルーシーは脳を最大限に使い
物凄いスピードで考え悟り、解脱し神に近い存在になり
それを人に伝える為に神の使いとしてUSBに知識(真理)を吹き込んだ
のではないでしょうか?

至る所にいるというメッセージはルーシーは肉体を持たない存在だからで
存在はしているが見えない、つまり、仏様ような存在になったと
いう事でしょう。

監督のリュックベッソンはジャンヌダルクという映画を作っており
ジャンヌダルクは神様から啓示を受けフランスの為に戦います。
映画ではジャンヌダルクは神の使いではないような描き方ではありましたが

リュックベッソンはそういったスピリチュアルな事を
深く考え研究しているのは間違いなさそうです。

私の見解を聞いたら、きっと

メルシー(ありがとう)

というでしょう。

ただ、ラストの結末だけでゴーストインザシェルと
似ているので真似ているとかいう人がいるみたいですが

そういう人はじゃじゃ丸忍法帳からやり直した方がいいでしょう。

ではまた

ベッソンに届きますように

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